復興の影
今日で震災から50日が経った・・・
昨日は四十九日の法要が宗派を問わず行われたとのこと、
昨年夏の父の四十九日を思い出していた・・・
88歳で旅立った父は、
最後の最後まで生き切ったと、家族の誰もが納得できるものだった
とても幸せな一生だったと思う
だから私達遺された家族は、日常に早く戻ることが出来た
父の存在をそこここに感じながら、
やはり遺品を見るのは辛かったけれど、
だからと言って処分など出来るはずもなく、
これは時間が薬だと、寂しさも素直に受け入れられた
それは通夜から始まる一連の儀式を執り行うことで、
受け入れることが出来たと思う
法要にでた被災者の中には、行方不明者の家族も多かったとのこと
たとえ亡くなったとしても、姿を確認出来れば、
辛いけれど気持ちの踏ん切りがつく
でも行方不明の場合、
どこで気持ちの区切りをつけることが出来るのだろうか
世の中は、もう「復興」に向かって動き出している
被災者の中でも、かなり明暗が分かれてくる
「復興」という言葉を、いったいどのような気持ちで聴いているのだろうか
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